※本来なら「平成天皇」の呼び方は不適切です。しかし、この記事では『平成時代の天皇』という意味で、便宜上「平成天皇」の呼称を用いています。

 

約30年間も平成時代の天皇であり続けた天皇陛下。

 

テレビでもよくそのお姿を拝見する機会がありますね。

 

テレビからでも陛下のお人柄が伝わってきますが、あなたは天皇陛下に素晴らしい逸話があるのはご存知でしょうか?

 

そこで今回は『天皇陛下の子供時代の逸話・天皇即位後の逸話』を複数紹介していきます。

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平成天皇の子供時代(幼少期)の逸話エピソードについて

ここでは天皇陛下の子供時代の様子がわかる逸話を2つ紹介していきます。

 

小学校低学年だった陛下は大人しい少年だった

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現在の陛下は国民のために、行事や祭祀などのご公務を精力的に活動されています。

 

しかし、小学校低学年だったころの陛下は大人しい少年だったと幼馴染が語っていました。

 

当時の陛下は消極的で大人しい性格で、授業中に先生から当てられてもうまく答えられないことがあったそうです。

 

教室にはいつも傅育官という皇太子殿下専任の教育係がおり、陛下はよく

  • 背筋を伸ばす
  • きちんと前を見る
  • ポケットから手を出す
  • きびきび動く

など、厳しく注意されていました。

 

また、先生からの質問に答えられなかったときは傅育官が「しっかりしなさい!」と、陛下に活を入れたエピソードも残っています。

 

傅育官は陛下が日本国を治める天皇として、私たちの前にお姿をお見せするときのことを思って、このように厳しく教育していたのかもしれませんね。

 

この逸話からは生まれながらに皇族という立場だった陛下でも、実は一人の少年だったと分かります。

 

ご友人とお忍びで銀座にでかける

この事件は通称「銀ブラ事件」と呼ばれておりかなり有名な逸話です。

 

「銀ブラ事件」が起こったのは陛下がまだ学習院高等科の3年生だったときのことです。

 

陛下は試験を終えられたあと、ご友人2人と銀座へ繰り出す計画を立てました。

 

当然皇室関係者が銀ブラなど許すはずもないので、陛下はお付きの人をうまく言いくるめたようです。

 

そして喫茶店でご学友たちとコーヒーを飲み、洋菓子屋ではアップルパイと紅茶で優雅にティータイムを楽しんだようです。

 

しかしこの「銀ブラ事件」はすぐに発覚して大変な騒ぎとなり、ご友人たちは警察と皇室関係者からかなり怒られたと伝わっています。

 

 もちろん陛下の身の安全から見ても勝手に抜け出すのは危険ですが、もしかすると一般人と同じ平凡な生活がしたかったのかもしれませんね。 

 

平成天皇の即位後の逸話エピソードについて

我々もよく知っているように、陛下はご公務により大変ご多忙な毎日を過ごされています。

 

ここでは、陛下が天皇に即位してからの逸話を複数紹介していきます。

 

初めて床に膝をついて被災者と話した

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1991年7月、長崎県の雲仙普賢岳噴火による被災者をお見舞いされた時のエピソードです。

 

陛下は体育館に避難していた人々を前に、なんと自らの膝をついてお話されました。

 

もちろん、私たち一国民に対して天皇陛下が膝をついてお話するなどありえません。

 

現在では美智子皇后や他の皇族方も、被災地を訪問する際は膝をついてお話されていますね。

 

実はこのスタイルを初めて行ったのが天皇陛下だったのです。

 

阪神・淡路大震災の被災地訪問でも膝をついてお話された

陛下は阪神・淡路大震災で被災者を訪問したときも、上記のように膝をついてお話されています。

 

当時は震災発生からわずか2週間で現地を訪れました。

 

このときの陛下はなんとスリッパすら履かず、体育館に正座をして被災者とお話をされています。

 

そこで陛下は次のおことばにより、被災した方々をお励ましになりました。

 

今は苦しい時があるかも知れないがいつかきっと幸福が訪れます。それまで地震なんかに負けず頑張りなさい

出典:ViRATES

 

励ましのおことばを送ってくださった天皇陛下の暖かなお人柄に、思わず涙を流した人もいたようです。

 

初めて外国にお見舞いのメッセージを送る

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この逸話は2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロでのことです。

 

陛下はテロが起こったことにより、当時のブッシュ大統領にお見舞いのおことばを送っています。

 

天皇陛下が災害以外で海外におことばを送るのは異例だったようです。

 

陛下はこのことについて次のように説明されています。

 

皇室は前例を重んじなければなりませんが、その前例の中には前例がないにもかかわらずなされたものもあります。皇室も伝統を重んじつつ、時代の流れに柔軟に対応しなければならないと思います

出典:ViRATES

 

東日本大震災の発生時に国民に直接ビデオメッセージ放送

東日本大震災の発生から数日後の16日に陛下は、国民や被災者に向かって約6分間のビデオメッセージを放送しています。

 

基本的に陛下自らが国民に直接放送を行うことはありません。

 

最後に天皇が国民に放送を行ったのは、1945年8月15日の玉音放送が最後です。

 

東日本大震災の計画停電の時間帯に皇居も自主停電を行った

東日本大震災が発生し、電力供給が難しくなったため計画停電を行った電力会社がありました。

 

首都圏などでは計画停電の対象地域でしたが、皇居がある東京都千代田区は対象外地域でした。

 

しかし、なんと陛下は自ら停電となる地域の時間に合わせて皇居を自主停電としたのです。

 

自ら自主停電を行ったのは陛下の「国民と困難を分かち合いたい」というご意向のためでした。

 

陛下のご意向による自主停電は2011年3月15日から23日まで、1日も欠かすことなく行われたといいます。

 

 このように素晴らしい逸話が複数残されているのは、天皇陛下が国民のことを思ってくださる、暖かくも優しい人柄だったからこそだと私は思っています。 

 

まとめ

・平成の天皇陛下はその暖かく優しいお人柄のため、数々の素晴らしい逸話が残されている。

 

・ここでは陛下の少々期の逸話から2つ、天皇即位後の逸話を5つ紹介した。

 

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

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