※本来なら「平成天皇」の呼び方は不適切です。しかし、この記事では『平成時代の天皇』という意味で、便宜上「平成天皇」の呼称を用いています。

 
令和時代には天皇としての役目を退位することになる天皇陛下。

 

テレビでは何度もそのお姿を見てきましたが、あなたは平成天皇が何人兄弟だったかご存知でしょうか?

 

ご兄弟については、なかなかテレビでは取り上げられませんよね…。

 

そこで今回は『平成天皇は何人兄弟だったのか・ご兄弟の経歴やエピソード』について深堀りしていきます。

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平成天皇は7人兄弟の5番目で長男

 

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昭和天皇と香淳皇后の間には7人のお子さんが誕生されました。

 

現在の天皇陛下は7人兄弟の長男で5番目にお生まれになっています。

 

ご兄弟のお名前は以下のとおりです。

 

【天皇陛下のご兄弟のお名前】

  • 長女:成子さま
  • 次女:祐子さま
  • 三女:和子さま
  • 四女:厚子さま
  • 長男:明仁さま
  • 次男:正仁さま
  • 五女:貴子さま

 

それでは次の項目で、上記のご兄弟の経歴についてお話していきます。

 

長女:成子さまのプロフィールと経歴

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成子さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【成子さまのプロフィール】

名前:東久邇成子ひがしくにしげこ

旧名:照宮成子内親王てるのみやしげこないしんのう

生年月日:1925年12月6日

没年月日:1961年7月23日

没年齢:35歳

 

成子さまは1925年12月6日午後8時10、昭和天皇と香淳皇后の長女として誕生されました。

 

誕生時の身長は約49センチ、体重は約3270gだったことが当時の新聞紙で判明しています。

 

成子さまは大正天皇の初孫だったので、国民からも大変祝福されたようです。

 

そして翌年に初めて宮中に参上したときは、そのお姿を一目見ようと沿道には多数の国民が集まっていました。

 

1943年には女子学習院中等科を、極めて優秀な成績で卒業されましたが、花嫁修業のために高等科へは進学しませんでした。

 

そして同年の10月13日に東久邇盛厚さまとご結婚されています。

 

次女:祐子さまのプロフィールと経歴

 

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祐子さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【祐子さまのプロフィール】

名前:久宮祐子内親王ひさのみやさちこないしんのう

生年月日:1927年9月10日

没年月日:1928年3月8日

没年齢:0歳

 

祐子さまは1927年9月10日に身長50.8センチ、体重3300gでお生まれになりました。

 

祐子さまは順調に成長し、3月3日には初節句を迎えられると誰もが想像していました。

 

しかし、初節句から数週間前の2月27日に咽喉カタルと診断されたのです。

 

医師によると3月3日に熱が下がった後は回復するという見通しでした。

 

しかし3月4日に39度の高熱が出てしまい、さらに敗血症という命の危険がある病の可能性が大きいと指摘されています。

 

それから容態がますます悪化し、1928年3月8日に0歳で逝去されました。

 

香淳皇后はあまりにも深く悲しみ、祐子さまと同じ体重の人形を抱いていたと伝わっています。

 

三女:和子さまのプロフィールと経歴

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和子さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【和子さまのプロフィール】

名前:鷹司和子たかつかさかずこ

旧名:孝宮和子内親王たかのみやかずこないしんのう

生年月日:1929年9月30日

没年月日:1989年5月26日

没年齢:59歳

 

和子さまは昭和天皇夫妻の三女としてご誕生されましたが、当時の詳しい身長や体重は判明していません。

 

和子さまは1948年に学習院女子高等科を卒業され、そこから1年間あまり花嫁修業を行っていました。

 

そして1950年には鷹司家の長男である平通氏とご結婚されています。

 

ご結婚をきっかけに皇室を離れましたが、それから数年間で数々の不幸に見舞われてしまいました。

 

1955年には死産、1966年には夫である平通氏が一酸化炭素中毒で事故死、1968年には自宅に強盗が侵入して全治1週間のケガと、不運が次々に和子さまを襲います。

 

和子さまの結婚後は決して平坦な道のりではありませんでしたが、59歳で心不全のため逝去されました。

 

四女:厚子さまのプロフィールと経歴

厚子さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【厚子さまのプロフィール】

名前:池田厚子いけだあつこ

旧名:順宮厚子内親王よりのみやあつこないしんのう

生年月日:1931年3月7日

年齢:88歳(2019年4月現在)

 

厚子さまは1936年の5歳のときに、昭和天皇と香淳皇后のもとを離れ皇居内の呉竹寮で、姉妹と過ごされています。

 

時が経った1951年5月2日、中国地方と四国地方の訪問がきっかけで実業家の池田隆政氏と出会いました。

 

内親王が地方に嫁ぐのは異例だったようで、当時はそのことでかなり話題を集めています。

 

隆政氏は岡山藩主の家系に生まれた由緒正しい家柄です。

 

厚子様と隆政氏は1953年2月に有限会社池田産業を設立し、1960年5月には株式会社池田動物園に変わっています。

 

当時は隆政氏が動物園長を務めていましたが、2012年に肺炎のため85歳で亡くなりました。

 

88歳になった厚子さまは、現在でも隆政氏が遺した事業の経営に取り組んでいます。

 

次男:正仁さまのプロフィールと経歴

 

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正仁さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【正仁さまのプロフィール】

名前:常陸宮正仁親王ひたちのみやまさひとしんのう

生年月日:1935年11月28日

年齢:83歳(2019年4月現在)

 

正仁さまは第二皇子として誕生しました。

 

しかし幼少期の正仁さまはお体があまり丈夫ではなく、当時は様々な病気に罹ってしまったといいます

 

幼少期は軽度の小児麻痺にも罹ったことがあり、それはお母さんの香淳皇后が発見しています。

 

正仁さまが4歳になった1939年、宮中を出て養育係を担当する傅育官のもとで育てられました。

 

1964年2月20日には昭和天皇の側近の姪っ子である、津軽華子さんとお見合いをしています。

 

そして2月28日に婚約となりました。

 

五女:貴子さまのプロフィールと経歴

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貴子さまのプロフィールは以下のとおりです。

 

【貴子さまのプロフィール】

名前:島津貴子しまづたかこ

旧名:清宮貴子内親王すがのみやたかこないしんのう

生年月日:1939年3月2日

年齢:80歳(2019年4月現在)

 

貴子さまは昭和天皇夫妻の第五皇女として出生なされました。

 

やがて学習院大学文学部に在学していた1960年、島津久永氏と結婚したことにより、皇籍から離れています。

 

当時の結婚会見は現在でも名会見といわれるほど、明るい雰囲気の会見だったそうです。

 

また夫の久永氏が堅実なサラリーマンだったこともあり、二人の結婚を悪く言う人はおらず、当時は理想の夫婦像としてメディアで取り上げられていたようです。

 

まとめ

・平成天皇は7人兄弟の長男で5番目にご誕生された。

 

・ご兄弟のお名前は以下のとおりである。

  • 長女:成子さま
  • 次女:祐子さま
  • 三女:和子さま
  • 四女:厚子さま
  • 長男:明仁さま
  • 次男:正仁さま
  • 五女:貴子さま

 

・2019年でもご存命の人物は厚子さま、明仁さま、正仁さま、貴子さまの4名である。

 

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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

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